イングランドの田舎駅

ボストン スリーフォールド リンカーンシャーの田舎


 イングランドの北東部にボストンという町がある。
 アメリカ東海岸の大都市ボストンは、このボストンからの移民が住んだ村が起源だとイングランドのボストン住民が言っていたが、 まんざら法螺話では無いらしい。
 町のすぐ東には小さな湾が広がっており、その湾の対岸に程近い Blakeney Point(ブレイクニー岬) はジャック・ヒンギスのチャーチル 暗殺小説 『鷲は舞い降りた』 の舞台である。『鷲は舞い降りた』 には農村の風景として風車が出てくるが、ボストン周辺でも風車をかなり見かける。

 駅の近くにリネン布の大きな工場があり、町の真ん中にかなり立派な教会があり、真ん中から少し外れた運河沿いにこれまたかなりの規模の 商品ラベル印刷会社の工場がある他は、レンガ造りの低層の建物が並ぶ普通の英国の田舎町で、観光地では断じてない。
 この商品ラベル会社が当時の私の担当分野の大きなお客様で、業界情報も取り易かった事からこの会社の担当者とはディープに付き合い、 年数回ボストン詣でをした。そういうわけで、一番多数回ボストンに行った事がある日本人は私かもしれない。

 このボストン、ロンドンから汽車を乗り継いで行くのであるが時間距離が実に遠い町だった。
 ロンドンでの乗車駅は、あのハリー・ポッターで有名になったキングス・クロス駅、ここから適宜 Calling at Grantham(グランサム) の列車に乗る。 これは英国の北に向かう幹線鉄道なので、 列車の規模が大きく乗り心地も良い。キングス・クロス駅を出ると間もなく、列車はイングランドの田園風景と言って良い田舎に出て、 羊の群れがいたりする緩い起伏が連続する田園の中を走る。
 この車窓風景が、大都会ロンドン市街から、いきなり英国の田舎風景になってしまうのも我等日本人には驚きの一つである。

 ボストンに行くには、グランサム駅で降り、駅のずっと外れにある行き止まりで、単線の両側にホームがある細長い短剣の鞘のようなホームから出る 二両編成のローカル線ディーゼルカーに乗り換える。 英国でもローカル線の列車本数がまばらなのは日本と同じで、グランサム駅では行きでも帰りでも随分長い時間を過した。
 グランサム駅は、軽食や温かい飲み物が摂れる有人のキオスクもあるそれなりの駅である。流行り病を避けたニュートンが一時滞在してりんごが落ちるのを 見たのはこの近く、鉄の女マーガレット・サッチャーの選挙区であったところでもある。

 私はこのキオスクで、突然日本人の若い女性から日本語で話しかけられて驚いた事がある。聞けば語学留学中との事であった。その後全くの偶然にも 日本の職場で、グランサムに語学留学していた事がある、という派遣社員のお姉さん通関士と一緒に仕事をした時に聞いたのであるが、 短期の語学留学で本当にやる気がある若者はロンドンなど見向きもせず、グランサムでホームステイして地元の語学学校に 通うのだそうである。そうすれば否応無しに英語漬けの生活になるから確実に話せるようになるという。その女性も久しぶりに会う日本人だと言っていた。

 確かに、ロンドンのピカデリーのジャパン・センター辺りで日本人だけで群れている若者達 が、クイーンズ・イングリッシュを身につけられているか?、というと相当疑問である。
 ロンドンには単身独身の日本人ビジネスマンが多いし、日本から、更にはヨーロッパの他の町から出張してくるビジネスマンもいて、 彼らの中には仕事の傍ら『ロンドンの夜』を楽しもうとしている連中もいる。大抵は日本の夜の町にいるサラリーマンより小金を持っているので中には 若い女性の留学生などに『援助』したがる奴もいないとは限らない。それに彼女らの周辺は色々な人種・階層・趣向・性癖のガイジンだらけである。


 女子留学生の運命はともかく、グランサムを出たディーゼルカーはまもなく線路が十字交差する地点を通る。
 大平原の真ん中で線路が立体交差する面白い風景で、ボストン行きは 直進ではなく、十字の下から来て右の棒の方へ行くのであるが、ちゃんとRの付いた側線があって列車は直角に方向を変えられるのである。

 写真は上が北。南北に走るのはロンドンのキングス・クロス駅から英国の中央部を抜け、スコットランドに至る幹線で、 Boston行き2両編成のディーゼル・カーは、Granthamからここまでは幹線を借りて走り、右に曲がって東に向かう。


 方向を変えてまもなくスリーフォード駅に着く。この駅は北に向かう線路と東のボストン方向に向かう線路のジャンクションになっていて、 線路脇にポイント切り替え用の転轍機施設がある。

 鉄道の母国らしく、線路はあっちから来、こっちから分岐し、というように縦横無尽、まさに網の目という感じで走っている。ヨーロッパの大陸の国では あんまり見かけない(スイスには結構あるが)、道路と平面交差の踏み切りもかなり頻繁に現れる。



 スリーフォード駅のポイント切り替え所




 ここからボストンまでは、列車の四方地平線の真っ平らの中を行く、Granthamの町の北東に空軍基地があり、時々低空をパナビア・トーネードの二機編隊が飛ぶ。
 ロンドンから北に向かう飛行機の窓から下を見ていると、畑や森、道路の様子からかつてここは滑走路であったであろう、というような地形が多々あるのが 判る。イングランド東部は先の大戦中、緒戦ではバトル・オブ・ブリテンの戦闘機基地として、後期にはドイツ爆撃の爆撃機基地として、 映画『頭上の敵機』や『戦う翼』に描かれている原っぱの飛行場が散在していたところである。
 Dデイ前々日、悪天候の中で6月5日の夜半から天気は 好転するという予報を出して的中させた英空軍気象観測班のスタッグ大佐とそのスタッフは、バトル・オブ・ブリテンの間、 それらの飛行場を出撃する戦闘機の為に連日気象予報を出し続け、英仏海峡の天気予報に関して鍛えられていったのであろう。



 冬の雨に濡れるボストン駅プラットフォーム

 英国の鉄道は、日本の鉄道の師匠筋にもあたるのか、駅などもどこか日本の駅に似ている。
 跨線橋も、黄色い線も日本チックで懐かしい。

 ホームの屋根の軒先飾りが可愛らしい。電化されておらず、架線がないのが余計懐かしい。




 スターリング駅プラットフォーム

 この鉄道駅のホームの屋根の軒飾りはかなり普遍的なものらしく、ボストンの遥か北、スコットランド入り口の城の町スターリング駅にもあった。

 このスターリングも仕事での行き先で、相手先は英国の名門企業とあって、窓口になってくれた技術部長殿はオックスフォード出身の工学博士。 彼の紹介で会うエンジニア達の名刺肩書にもドクターがずらりで圧倒された。この技術部長殿を当方の会社があるアルザスのレストランに招待した時は、 こちらの頭越しにギャルソンと流暢なフランス語で話すのでまいった。




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