モン・サン・ミシェル

 モン・サン・ミシェルは、フランス屈指の観光地であるから、日本から訪れる人は多い、しかしその多くはパリからの日帰りツアーであると聞く。
 モン・サン・ミシェルの周辺は世界的に見ても、潮の干満が大きな場所である。1997年9月18日の大潮の日の干満差は、モン・サン・ミシェルの ガイドツアーのガイドによると12.2メートルのジャックポット級であった。その大潮の前後、モン・サン・ミシェルの周りを ウロウロした。

 モン・サン・ミシェルへの道

 コタンタン半島を西海岸沿いに下ってモン・サンミシェルへ向かう。
 前方に大きなロータリー(ロン・ポワン)がある。車は右の国であるからロータリーは反時計回りである。

 モン・サン・ミシェルに行くには、入ってすぐの出口から出る。即ち大きく言うと右折である。同じ方向に海辺の要塞都市サン・マロー、と先史時代から営々と人が住むレンヌという名高い観光都市、が位置している。なんと魅力的な道ではないか。

 二番目の出口から出る、即ち直進するとカランタンに向かう。カランタンは、ノルマンディ上陸作戦の海岸識別名ユタ海岸とオマハ海岸の 接合位置にあり、オマハとユタを結ぶ道路の要衝で、夜間落下傘降下した第101空挺師団が激戦の末制した町である。

 最後の出口から出るとコタンタン半島の真ん中を走るD900を北上して半島突端の港町シェルブールに行く。この旅の場合では戻る 事になる。

 その出口もパスすると元の入り口に戻り、そこから出ると上の写真の反対車線に入りUターンが成立する。見知らぬ 場所においてのロータリ―を使ってのUターンは常套手段である。完全に迷ったり地名が読み取れないときはロータリーの内側車線 に入り込んでグルグル回りながら確認するという最後の手段もある。ロータリーは迷えるドライバーの救世主である。

 上記の道路の関係のGoogle写真。

 画面左側からD903を走ってきて正面の大きなロータリーに相対している。×印辺りが車の位置である。ロータリーでぶつかるD900は 正面のla Haye du Puitsという小さな町を迂回するバイパスであることが分かる。D900の町の両側の分岐もロータリーになっている。

 カランタンに向かう道は、まともに町の中に入っており信号が少なくとも三つはありそうである。
 D900バイパス側は恐らく制限時速は100キロであるが、バイパスから町に向かう道に入ると途中に45キロの速度制限標識があるであろう。 この標識は見たらすぐブレーキで減速しなければならない。ネズミ捕りは標識に隠れるようにしてすぐ後ろ側でやるのが常である。

 コタンタン半島の付け根の当たるこの辺り、典型的な豊かなるフランスの田園が広がっている。平均的に一辺が百メートルはありそうな 畑が植林の並木で区切られている。 これがノルマンディのボカージュかというと多分これもそう呼ぶのであろうが、ノルマンディの戦いにおいて視界を奪う事で 両軍を苦しめた古典的ボカージュはもっとずっと規模が大きなものである。



 モン・サン・ミシェルに着いた。

 モン・サン・ミシェルと周辺のGoogle写真。

 モンサンミシェルは砂浜の上の岩の島に作られた建築物なので陸地(大陸側)から土手状の道路が付けらており、島に向かって右側の土手下は 駐車場になっている。この駐車場は満潮になると水浸しになるので、その警告もある。大潮の満潮では単なる水浸しでは済まない事態となる。

 パリからのバスは恐らく画面右下のD275をやってきて、D976とのT字路で右折するのであろう。T字路の交差点あたりには観光施設があり、ホテルもある。 モン・サン・ミシェル島内のホテル・土産物地域は完全に江の島状態なので泊って面白いというものではないと思われる。朝に晩にの潮の状態と 島の様子を静かに眺めるにはここにホテルをとった方が良い。

 写真の番号は、以下のモン・サン・ミシェルを背景にした写真の撮影位置。潮が引くと道路の外にも陸地が現れるが、道路を外れると下には泥が溜まり滑るのでせめてハイキング・シューズ でないと歩けない。

 @島へのアプローチ道路から、最も平凡な記念写真である。潮は引いており、右の駐車場に車が見える。

 A駐車場からずっと右即ち東の方向に移動。@の写真とは90度位ずれているの同じ形に見える。


 9月18日 大潮の日
 B防寒具は持ってないが、ハイキング装備で島に向かう。Tシャツはブラジルの名品ATOBAである。向かって左に広がっているのは干潮時だけ見える陸地で、 右手頭の辺りに見える横線が島へのアプローチ道路である。立っている辺りはパーマネントの陸地のようである。

 右写真;モンサンミシェルから陸地方面。ありそうで無い写真。
 左の写真を撮った位置は右手の川が直角に曲がっている付近。

 周りをウロウロしただけではなくガイドツアーに入って内部見学もした。ツアーガイドの言語は日本語は無かったので英語を選択した。



 島のGoogle写真。

 画面の下の丸印辺りがアプローチ道路終点。島へのアプローチは左に曲がって桟道を登って行く。島の中はヨーロッパ三大江の島の元締めで、三つの中で 一番江の島っぽい。ちなみに三大江の島の他の二つは、奇跡の泉のルルド、アドリア海を望む丘の町サン・マルコである。ただしこれは私の命名である。

 島の中は道路が網の目状に張り巡らされており、立体迷路になっており、ホテルと飲食店と土産物屋が並んでいる。坂道の脇に適宜色々な方向に向かって 展望が利く小公園があるのが良心的である。

大潮の見物は島の後ろ側にある展望テラス(画面バツ印)からで、矢印方向に向かって潮の満ち干を眺めた。
沖の小さな黒点は、下の写真右上にある小島である。


 左;潮が引いた状態。満潮時に砂州上を歩くガイド・ツアーがあるらしいが、本当に沖の小島まで歩いて行けそうである。 実際にはガイド無しで歩いている人もいて、潮が満ち始めるとヘリコプターがやってきて 繰り返し低空飛行で砂州上に人が残っていないか確認する。




 右;潮が満ちて来て沖の小島が孤島になりつつある。


 左;砂州の低い所を右側から潮が満ちて来ている。そのスピードは人が砂州上を走るより速いので、砂州上で潮が満ちてきたら逃げられない という。


 満潮になったのは夜になってから。

 島の本体の防波堤は完全に水に浸かり、出入り用の桟道の低い所は水没してしまう。右側の車列は駐車場内の一番高い位置、 歩道ぎりぎりに退避している。島内の住民の車なのかもしれない。


桟道はここしかないので、脱出が遅れると、水に浸かった通路をばしゃばしゃ歩かなければならない。


 翌9月19日の満潮

 海に浮かんだモン・サン・ミシェル。Bの写真とほぼ同じ位置からの撮影。

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