ブルターニュ半島

 ブルターニュ半島は、フランスの北部にあって、大西洋に突き出した二つの半島の内、南側の大きな方の半島である。
 ここは位置からも文化からもフランスの辺境で、フランス本土とは異なる民族であるケルト人の国で、フランス政府公認のケルト語との2言語地域である。
 道路の案内標識も2言語で標記されている。フランス国内の2言語地域は他にピレネーのバスク地方があり、バスク地方では、バスク語とフランス語の2言語表示が見られる。
 アルザス語も政府公認の言語であるが、アルザスにはアルザス語標記と言うのは無い。  アルザス語はドイツ語のアルファベットを使うので、ドイツ語に見えてしまうからなのであろうか?。

 半島の突端近くには軍港として名高いブレストがあり、ブレストは軍港繋がりで横須賀と姉妹都市になっている。ブレストが大西洋を扼する位置にあるように ブルターニュ半島は海の国であり、ARMOR(アルモア)と言うきれいな古称もある。





ブルターニュ半島 小目次

 フランスの西の端  トレデュドン峠  サンテゴネック囲い地  カルナック巨石列  ブルターニュの塩  藁ぶき農家   りんご畑、シードル  タラソセラピー




Pointe de Corsen フランス本土の最西端

























 コルセン岬。

 ブルターニュ半島の突端、フランス本土の最西端である。
 ブルターニュ半島の西端はほぼ正確に南北で直線である為、最西端の候補が幾つかあってどこが本当なのか判り難いのであるが、 地図の精査と現地の標識でここが最西端であると認識した。


最西端の碑。



 最西端候補のPointe de St Mathieu=サン・マシュー岬。

 現役の灯台の他に、比較的新しい教会の廃墟と砲の残骸が残っていて馬が放牧されている。
 ここは、英国側からブレストに至る海峡に通ずる湾に入る海の曲がり角の交通要衝で、軍事的にも意味がある場所だと思われる。
 この砲は、砲架の構造からして近代になってからの兵器のように思えるが、口径や砲身長からして海上の艦船と砲戦を行うための物には見えない。  元々ここにあった物であるなら大戦以前の物で上陸作戦阻止のための砲ではないかと思われる。




 もう一つの最西端候補、Le Conquet=レ・コンク。

 文句無にフランス本土最西端の『町』である。出来るだけ端っこにあったホテルに泊まったので、 多分、フランス本土最西端のホテルに泊まった事になっていると思う。
 それにしても、ブルターニュの辺境でこのヨットの数、フランス人は遊ぶのが大好きな国民である。この事は、民族/言語的に純粋にフランス人ではない ブルターニュでもアルザスでも変わらないようである。



Col de Tredudon 361m


Col de Tredudon=トレデュドン峠(361m)

 ブルターニュ半島には高い山は無いが起伏に富んだ地形である。
 この峠は半島の先端近くで半島の背骨部分にあり、標高はたった361mであるが 伏せたお皿の形をしており、360度の眺望が利く、峠高きが故に尊からず、である。(勿論、スイス/イタリア国境のステルビオ峠の方が峠として魅力的ではあるが)





St Thegonnec



サン・テゴネック聖堂囲い地

 カトリックの教義はブルターニュの地で土着信仰や宗教改革の影響などを受けていたが、それをカトリック教義本来に戻すための総合宗教施設で16世紀の建築。 農民にも聖書や聖人の事が良く判るように誇張した彫刻群がある。ブルターニュ独特のもので、このサン・テゴネックの囲い地は最も保存状態が良い。 (以上、ミシュラン・グリーンガイドより)
 日本でもカトリック研究者の間では有名な施設のようで、ネット世界でブルターニュを語っていた時、私がここに行ったと投稿したら、行き方を詳しく教えてくれと言う リクエストがあったことがある。





Carnac


Carnac=カルナックの巨石列

 BC4670〜2000年、この地に住んだ未知の人類の遺跡で、見たとおりの大きな石がただひたすら縦列状に並べられている。
 後世になれば、絶好の石切り場となり、長い間に亘る石の盗難で荒廃し、現在残っている巨石列は11列、メンヒルと呼ばれる巨石は2792個。
 この地域へのケルト人の定住はBC500年頃であるので、ケルトより遥かに古い民族の遺跡である(以上、ミシュラン・グリーンガイドより要約)




 これは不思議な光景である。プチトラン(観光用の列車型バス)が出ていて、海岸含むかなりの範囲の案内をしてくれる。
 1990年代前半位まで中に入れたと見えて、観光客が石に登っている写真があるが、現在は厳重に囲われている。
 平らな所に広がる遺跡であるので全貌を見るのは難しく、所々の展望台もごく局所が見えるにすぎない。
 ストーンヘンジや明日香の巨石は不思議であるが何の為なのか何となくは想像出来るが、このカルナックの巨石列は製作者の意図が全く判らない、 不思議としか言い様がない。


Locmariaquerの巨石

 カルナックのすぐ近くにある巨石遺跡
 カルナックのような巨石列ではなく、明日香の石舞台のように、巨石を積み重ね、内部に空洞がある遺跡である。


ブルターニュの塩


 フランスで塩(食塩)と言えば、ブルターニュ産かカマルグ産である。
 ヨーロッパの料理用の自然塩というと岩塩と思いがちであるが、フランス料理を支えるのはブルターニュの塩田で作られる海塩である。
 ブルターニュの塩田地帯では道端に観光客相手の塩販売の屋台が出ている。勿論、どこのスーパーでも売っている。最近は日本でも 大きなスーパーや輸入食料品を揃えた店で売っているが値段は結構高い。
 サラダ、トマト、茹で卵、魚や枝豆の振り塩までは使えるとして、 これを塩茹の塩に使うかどうかはポリシーと経済力で決まるところであろう。



藁葺き農家


 塩田地帯で見かけた農家。通りの両脇に藁葺き農家が並んでおり、観光用であるとは思われるが人が住んでいた。
 イングランドのコッツウォールズの藁葺き家に何となく似ている。オリジンは同じかもしれない。


りんご畑とシードル



 ノルマンディと共に、ブルターニュもりんご地帯である。生食もするが、本来は醸造用で、シードルになる。
 シードルはアルコール分がビール位の金色の発泡酒で、栓はシャンパン同様に貼り合わせコルクの針金止めで風情がある。グラスではなく、 コーヒーカップのようなマグカップでがぶがぶ飲む。
 値段は地元では当然ではあるがごく安い、日本で買っても1本1000円はしない。横浜の赤煉瓦館にマグカップでシードルが飲めるバーがある。 これを蒸留したのがカルバドス、芋焼酎のような独特の香りがあるリンゴ・ブランデーである。カルバドスというのはノルマンディの西部地帯のことで、 1944年6月に連合軍上陸作戦が行われたまさにその辺りを指す地名でもある。

 ブルターニュには、フランス唯一のウィスキーの蒸留所もあるという。




タラソ・セラピー


 海の国ブルターニュには海水や海の泥を使った治療施設タラソ・セラピーがいくつかある。
 これは、ポルニチェという町にある『ダニエル・ジュヴァンス』、かなり有名なタラソセラピーである。
 このタラソ・セラピーは美容の為ではなく、筋肉痛、神経痛、精神的を含む疲労、などの治療の為の設備で一種の湯治と言える。 期間も普通1週間セットで、当然泊りがけとなり、ホテル代はタラソ料金とは別途かかるのでなかなか贅沢な湯治で、当然?、タラソに 来ている人たちの平均年齢は相当高い。
 写真で背後にある大きな建物の大部分は宿泊施設で、しかもそれは宿泊設備のごく一部である。

 タラソに行くについては、家庭医で肩こりや腰痛にタラソ治療が有効という処方箋を貰えれば保険が利く。 処方箋無で全額自己負担でも可能である。

 タラソ施設に着いたら最初に専属の診療所で医師の診察を受けて医学的な助言と治療方針を決めて貰い、 トレーナーに1週間なら1週間分の具体的な治療プログラムを作って貰う。
 プールでの運動、全身や顔の各種マッサージ、水掛け(ランボーがやられたようにホースでぬるま湯をかけられる)、全身泥パックなどを一日4種目くらいこなす。 プログラムは午前中で終わり、午後は休息の時間であるが、別に監視されてはいないので観光やショッピングに出掛けても良いが、 本当に安静に過ごしたい人の為におしゃべり禁止(これはフランス人には辛いと思う)の安静室がある。目の前はきれいなブルターニュの海なので 日がな海岸で過しても良い。兎に角、プロがあの手この手で磨き上げてくれる上、栄養と休養をたっぷり取るので全身のお肌が若く好調な相撲取りのようにぴかぴか光ってくる。

 プールのトレーナーは体育会系の若い可愛い女性、一緒の婆さんたちも『きれいな子だねえ』と感嘆するヴィーナスでプールの時間は楽しみであった。 勿論、クラシックなハイレグカットの競泳用水着で一緒にプールに入って指導してくれる。
 このトレーナーと1対1でプールの水面にある横バーに掴って水中ジャンプし、腿の半ばまでを水面から出すと言う運動をした時は、『ジャンプが足りない、ほら この辺が水の上に出るまでジャンプするーーーっ、(と、自分のハイレグカットに包まれたこの辺なる辺りを叩いて) 良く見て!』と目の前で模範演技付きで叱咤された。

 この、タラソセラピー篇を上記の私的写真ごと引用したブログが存在します。ブログ主からは何の挨拶もありません。オリジナルは当方ですのでご承知おき下さい。






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