ボージュ夏

 夏が来るとアルザス平原にも至る所にコクリコの赤い花が咲く。日本の彼岸花同様に完全に野生ではなく、かと言って栽培されているのでもない。 野生で無いとしたら何のためにあるのであろうか?。麦畑の中のコクリコというのは定番であるが、その種子を麦と分けるのは不可能に見える。 つまり、コクリコ種入りパンを食わざるをえないであろう。
 ひまわり畑は南フランス、更にはアンダルシア(スペイン)の名物で、アルザスでは珍しい存在であったが、たまにであっても相当大規模の畑を見かけた。 ひまわりは種子をとるために栽培されているので、種が実って充実するまで畑にあり、その晩年の姿はガリガリに枯れたひまわりが林立して相当凄いが 7月始めから半ばの花盛りは素晴らしい。





観光スポットの窓や壁はゼラニウムの花で溢れ、葡萄畑はアルザスの長い夏の太陽を浴びる(リクヴィールの丘から、遠望はコルマール)



 輝くような素晴らしい初夏の日。

 勤務先だったオフィスの窓からボージュを望む、駐車場の背後の緑地にはこうのとりが降りた。 山裾に見える家並みはエギスハイムで教会広場を中心に同心円状に広がる綺麗な村で、8月末には盛大なワイン祭りが行われる。また この村から11世紀にレオン9世というローマ法王を出した事が今なお観光資源になっている。ローマ法王というのはかくも偉大である。

 アルザスのワイン祭りは葡萄の収穫前の夏の終りに各ワイン村で行われるので、 ウンターリンデン博物館脇にあって、ここは英語が通じた観光案内所でワイン祭りカレンダーを入手し、 周囲の地元民の意見も聞いて祭り見物の作戦を練る。

 ワイン祭りではその日有効の試飲用グラスを買うと村の要所の接待所でワイン飲み放題になるので相当量を飲んでしまう。 当時フランスでは飲酒運転は許されるが酒酔運転は違反で、ワイン祭り帰りの一行がコルマールの町の入り口に張られた 取締りピケットラインで一網打尽になったりした。 酔って町から出て行くのは構わないが酔っ払って町に入るのを防ぐと言う取締りがコルマールでは普通であった。




ボージュ稜線、クレタの道から、ランゲメー


 クレタの道からロレーヌ側を望む。アルザスとロレーヌの国境は稜線上なので此処で見ている広がりはロレーヌのボージュ 西斜面である。

 画面中央の奥の方向は1944年10月末、極東太平洋でのレイテ沖海戦と時を同じくして起きた『失われた(テキサス)大隊』と日系兵士からなる 歩兵第442連隊によるテキサス大隊救出の激戦があったところである。左から出ている稜線の向こうは、ジェラルメーで今は閑静な観光地であるが 1940年6月には侵攻したドイツ軍がフランス軍殲滅の仕上げをしたところである。


クレタの道脇のお花畑







ヒースとミルティーユ

 ボージュのピークや稜線はとがっておらず、別名をバロン(バルーン)と呼ぶように丸い。その丸いピークや稜線上の樹木が無く日当たりが 良い場所はほぼ全面ヒースに覆われている。
ミルティーユはヒースに混じって生えているが、群生してる場所は限られていた。
 ミルティーユの実は極上のブルーベリーとして珍重される。畑に栽培されるものより小粒であるが甘味/酸味のパンチの利いた味で ずっと美味しい。生食用というよりお菓子(代表的にタルト)にして食べるが 食べた後舌が紫色に染まるのが不気味であった。ミルティーユ摘みは夏の日の楽しみであるが摘んで篭に溜めずに食べてばかりいると舌が黒く染まるので すぐばれた。我々は手で摘んだが、地元の人は大きな櫛の様な専用の道具を駆使して掻き集めていた。

 ミルティーユはオー・ド・ヴィの原料であり、濃い色の赤ワイン色のミルティーユのオー・ド・ヴィはクエッチとともに色付きであるところも珍重される。 ミルティーユは秋の紅葉も綺麗である。



とりかぶと

 お花畑にはトリカブトもあった。全身にアコニチンというアルカロイドを含む毒草である。
トリカブトは気候が合うのか、一寸冷涼な場所のお花畑の中の湿地にはヨーロッパ中あまねく見かけた。

アコニチンは経口でも数mgで全身麻痺や心臓停止で死ぬ可能性があるという猛毒であるので無闇と触ったりしてはいけない。

 写真の背景にワレモコウが写っている。蕗などは明らかに日本のものとは様相が違っていたが、ワレモコウは同じに見えた。


ジギタリス

 クレタの道の脇に咲き乱れるジギタリス。完全に野生のものか栽培種が逃げ出したものなのかは不明。
ジギタリスも全身に心臓に作用する成分(分子中に窒素原子を含まないのでアルカロイドではない)を含むのでうかつに扱うべきものではない。



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