戒厳令下る。 九段 軍人会館











 軍人会館は、軍人の福利厚生施設で、昨年の3月11日まで営業していた九段会館の営業形態そのままの施設だった。
 昭和9年完成の、帝冠様式という、同時代の役所などに用いられた建築様式である。

 2.26事件では、陸軍省、参謀本部を蹶起軍に占拠されたので、27日早暁の戒厳令施行を受けて、ここが戒厳司令部になった。 中将香椎浩平戒厳司令官室は、正面玄関がある北面に面した鳳凰の間に置かれた。

 戒厳参謀長は安井藤治少将、参謀には石原莞爾大佐、満井佐吉少佐などがいた。


 今回ツアーに一般参加されていた安藤輝三大尉の縁故の方と2ショットを撮らせて頂く。

 26日から、ここと三宅坂の蹶起軍と、色々な思惑のある将軍、高級将校らの猛烈な駆け引きが始まる。結局29日早朝に 包囲の鎮圧軍に対し、叛乱軍討伐、0830を以って攻撃開始、と言う命令が出され、蹶起軍は叛乱軍となり、将校は 自決または逮捕(戦いを法廷闘争へ継続する為に自決を拒否)、下士官兵は原隊に帰営し、夕方までに事件は皇軍相撃つことなく収束を迎える。

 九段会館は2011年3月11日の大地震での被害により全ての営業を中止したままである。再開の目途は全くなく、2.26事件を偲ばせる 唯一の現役建物はこのまま解体されるのではないかと噂されている。


九段坂周辺の2.26ゆかりの地

戒厳司令部=軍人会館=九段会館
 左;田安門側から牛ヶ淵越えに。中;九段下交差点から。右;昭和館から。



陸軍参謀本部=憲兵隊司令部跡=現東京法務局


 右手の白い建物が現東京法務局で、憲兵隊司令部跡に建っている。画面の左手は清水濠で、清水門がある。画面突き当たり左が九段会館
 三宅坂の参謀本部を占拠されたため、臨時に参謀本部を置いた。さらに、ここが手狭なため戒厳司令部を軍人会館に置いた。



  陸軍高官宿舎=偕行舎=現東京理科大


 靖国神社前の歩道橋から。
 偕行舎の建物はこちら即ち靖国神社側を向いていた。手前の角に灯台があった。
 向うに行く通りが九段坂で、右手に九段会館(戒厳司令部)があり、九段会館が面している内堀通りを行くと左手に法務局(臨時参謀本部)がある。。







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