♪ 飛行機模様のネクタイを締め・・・


飛行機というのはネクタイなどの模様に合っていると思うであるが、実際には飛行機模様のネクタイというのはあまりない。飛行機模様のネクタイを 集めるには、ネクタイ屋とみるや押し込んで探しまくる覚悟が必要である。


目次

   1.ノース・アメリカンP−51ムスタング(1)
     ピストンエンジン搭載戦闘機の最高峰がズラリ。

   2.ノース・アメリカンP−51ムスタング(2)
     P-51のワン・ポイント。巧みなステッチワーク。

   3.BAC/アエロ・スパシャル・コンコルド
     超音速旅客機コンコルドの着陸進入、猛禽類が獲物に襲い掛かる姿

   4.ボーイング737-200
     初期のB737

   5.ボーイング737-100
     最初のB737。太っちょの胴体とB-47の流れを汲むエンジンカウル

   6.ホーカー・ハリケーン
     英国最後の鋼管スペース・フレーム構造機。大戦では地上攻撃に使われた老兵

   7.ソッピース・キャメル
     第一次大戦最強のドッグ・ファイター。気難しい殺人機でもあった。

   8.ソッピース・キャメルかな?(1)
     きれいな複葉機

   9.ソッピース・キャメルかな?(2)
     基地格納庫とパイロットとキャメルのスト―リー物

   10.ダグラスDC-3
     特徴ある主翼型をうまくデザイン化

   11.ユンカースJu-52
     ルフト・ハンザの機内販売

   12.大戦間大型単発機?
     古典的な平面型をした単発機

   13.サイドバイド複座機
     太い胴体のサイド・バイ・サイド複座の軽飛行機。残念ながら明らかに架空機である

   14.中島飛行機の戦闘機?
     主翼前縁が直線で後縁が前進している主翼は中島飛行機の戦闘機の特徴である

   15.ベル47など
     非常に珍しいヘリコプターの模様が含まれる

   16.ツェッペリン博物館にて
     残念ながら硬式飛行船ではないが、ツェッペリン博物館の売店で買った

   

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ノースアメリカンP−51ムスタング(1)


 誰が見ても戦闘機である事がわかるパターンである。更に少し飛行機に興味がある人ならば他ならぬP−51ムスタングであろうと推定できる。 アメリカ陸軍航空隊の国籍マークも凛々しい。

 水滴型の一体成型キャノピーはD型からであるが、D型は同時にドーサルフィン(背びれ)がある筈なので、この機体はD型の キャノピーとC型以前の垂直尾翼の特徴を持っていることになる。デザイナーの不注意なのか、はたまた右の水平尾翼も描きたかったのか、 (確かにドーサルフィンを描くと右水平尾翼が隠れてしまう)。

 ま、それはともかく、かなり大きなP-51を密集して並べた大胆なデザインである。









ノースアメリカンP−51ムスタング(2)


 ワンポイント物で、機種が何であるか一寸判り難い。ネクタイをしている所を正面から見てP−51だと判る人は相当の飛行機手連(てだれ)である。
 拡大してみると機体の塗装、キャノピーの具合、お腹のラジエター、国籍マークなど紛れもなくヨーロッパ戦線でのアメリカ陸軍航空隊のP−51である事が判る。

 さらに、胴体後部の処理、水平尾翼の位置からドーサルフィン付きと推定でき、P-51Dであろうと思われる。 いや、主翼付け根の処理からP-51Hだと見る人もいるかもしれない。

 下方から見上げたムスタングのお腹のラジエターの様子などデザイナーの飛行機への愛情が感じられる。また、 これだけのステッチワークでP−51の特徴を巧みに現して凄腕である。

 このネクタイはブラッセルのグランパレス入り口にある大きなネクタイ専門店で店員と一緒に、飛行機、飛行機と呪文のように唱えながら 探し倒して数千本の中なら1本だけ見つけ出した飛行機模様である。そのせいか生地や縫製はそんなに良くないのに結構高かった記憶がある。









BAC/アエロスパシャル・コンコルド



パリCDG空港駐機中の在りし日のBAのコンコルド。

着陸進入中のコンコルドである。ギヤダウンして、デルタ翼特有で大迎え角姿勢を取っているため前下方視界確保するのに機首を下に折り曲げている。
 このパターンは飛行機として変わった形であるせいか、はたまた変った角度であるせいか、このネクタイをまじまじと見ても飛行機である事に気付かない人 が多い。

 英仏の共同開発の航空機で、コンコルドの名前も協調という意味である。フランス国籍の会社にいたとき、英国の会社の人と手を組むという交渉事があり、 このネクタイをして行って喜ばれたが、結局そのプロジェクトは上手くいかなかった。

 コンコルドはライバルのコンコルドスキーことTu144が実験的な旅客輸送しかせずに終わったので、商用ベースで定期運行した唯一の 超音速旅客機であるが、乗客定員128名はいかにも小さく (実際空港でB747と並んだコンコルドは非常に小さく見えた)  燃料大喰らいで運用コストが高く、全席ファーストクラスより上のコンコルドクラスとして運用せざるを得なかった為 特殊な乗客向けでしかなかった。

 結局2000年6月のパリのCDGでの事故 (私はこの時パリにいて、タクシーの運転手から、たった今CDGでコンコルドが墜落したとラジオが言っている、 と知らされ、思わずCDG空港の方を見た)が象徴したようにシステムの老齢化が表面化し、先細り的に2003年10月定期運行を超音速旅客機の後継者なしに終えた。
今現在航空輸送の世界は、完全に亜音速旅客機のみで、超音速旅客機が飛んでない時代に戻ってしまっているのである。

 コンコルドは非常に限定された路線しか飛んでいなかったのであるが、それは、そのエンジン、ロールス・ロイス・スネクマ/オリンパスが 超音速飛行時のみならず、離陸時もアフター・バーナーを吹かした事にも拠っている。
 推力17.3トンX4基のアフター・バーナー・エンジンの音は、飛行機好きをもたじろがせるに十分な轟音で、コンコルドの離陸時はCDGでもLHR でも辺りを圧していたし、沖止めの他の飛行機への乗機や降機の為バスで滑走路に近いところに連れて行かれている時などにコンコルドの離陸があると、 バスの乗客一同が文字通り金縛りにあった。とても成田や羽田で許される音ではなかった。
 また、B747などの亜音速機より6000mも高い18200mの超音速巡航高度も 乗員乗客の宇宙線被爆とか、オゾン層破壊とかなんとか難癖付けられた。









ボーイング737(1)




 ボーイングの中短距離用双発旅客機のベストセラー。B-47爆撃機の流れを汲む主翼に組み込まれたようなエンジン・カウルのデザインとドーサル・フィン(背びれ)がない 垂直尾翼から初期型の737−200であろうと想像できる。
 現在空港で目にする737は大きなドーサル・フィン付きの垂直尾翼と、 主翼のまん前に突き出した感じのエンジン・カウルを持つ737−300以降の型である。









ボーイング737(2)


 これは初期型のボーイング737でも太っちょなので737−100であろうなどと想像すると楽しい。
垂直尾翼の取り付け部が微妙に曲線なのが気になり、もし、これを意識して強調したのなら、エアバスA300かもしれないが、 エンジンカウルはA300のものではない。
 飛行中の姿に見えるが、主翼前縁フラップをダウンしているのが気になる。









ホーカー・ハリケーン



 機体全体の感じからホーカー・ハリケーンであると判断できるところの素晴らしいデザインである。
 もし、このデザイナーがスピット・ファイヤーを模様化したなら、スピット・ファイヤーの特徴であるあの優雅な楕円翼を 見事に処理したであろう。もし有るなら是非欲しい一品である。 主脚の引き込み方向が内側になっているのもハリケーンの特徴で、でスピットはライバルのメッサーシュミットBf109同様に 外側に引き込む。

 ハリケーンは英国最初の低翼単葉機であるが、同時に鋼管スペースフレームという古めかしい構造の最後の戦闘機でもあった。
 バトル・オブ・ブリテンから第二次大戦終結までを弟分のスピット・ファイヤーと共に戦った。もっとも晩年は対戦闘機用としてより、爆装して地上攻撃の 任務の方が多かった。しかし、D-Dayとそれに続くノルマンディの戦いにおける英国空軍による近接航空支援任務となるとやや老いて タイフーンにその任を譲る事になっていった。 太平洋でも対日戦初期に、帝国陸軍の一式戦闘機『隼』などと交戦しているが、既に旧式機で戦争初期の優秀なパイロットが乗った新鋭日本戦闘機には歯が 立たなかった。









ソッピース・キャメル


 全体のフォルム、上下が食い違っている複葉の主翼の支柱、小さな垂直尾翼、脚の様子などから、第一次大戦のイギリスの戦闘機、 ソッピース・キャメルである事が判る。

 キャメルの名前の元は機首に備えた2丁のビッカース機関銃による並んだ丸いふくらみからで、 このネクタイでも機首にはちゃんビッカース機関銃が2丁描かれている。
 連合国の戦闘機の中で最も多くの撃墜数を記録したこの戦闘機はまた、恐ろしく気難しい操縦特性の殺人機だった。









ソッピース・キャメルかな? その1


 この機体も食い違った複葉の支柱、特に胴体から斜めに延びて上翼を支える支柱からソッピース・キャメルの 写真をみてデザインしたものと思われる。ただ、上翼にも明確な上半角が見られるのが気になる。
 主翼上半角(下半角も)は機体の水平安定性強化の為に付けられるもので、程度によるが横転性能を損なう。 体操の選手のような運動性が売り物のキャメルの主翼のうち、上翼には上半角はついていない。

 主翼に明確な上半角があって安定性でパイロットに人気があったという、ソッピース・キャメルの僚機、 R.A.F. S.E.5かとも思うが、S.E.5は水冷エンジンなので機首の形が異なる。


 キャメルは空冷の星型エンジンを装備していた。この時代の星型エンジンは、クランクシャフトを機体に固定し、 星型のシリンダー群とクランクケースがプロペラと一緒にその周りを回るという豪快な構造であった。これはシリンダーの冷却のためで あったが、エンジン本体と言って良い巨大な質量が回転するので、機体の運動も当然影響を受け、右横転と左横転 ではまるっきり操縦特性が異なり、特にエンジン全開での上昇中の旋回には注意を要したという。

 我が零式艦上戦闘機も、右横転と左横転では特性が違っており、右横転は苦手だったし、そもそも高速での横転が苦手であった。
 このため戦争末期には、ZEROの後ろに付いた敵パイロットの目の前からかき消すようにいなくなり次の瞬間 真後ろにいるという横滑り横転のような離れ業を持つパイロットも、そういう正々堂々の格闘戦の機会も無くなり、 敵機は卑怯にも2機で無線を使って連絡しあうサッチ・ウィーブを組み、「ゼロに付かれたら急降下して右横転で逃げろ」、 「高速ではゼロは鈍い左横転しか打てない」といった対ゼロ・ノウハウも熟知して零戦に当たって来たのである。









ソッピース・キャメルかな? その2





 このネクタイは好きなネクタイで、半カジュアルの時など良く使った。

 これも全体の特徴からソッピース・キャメルに思えてしまう。
 ただし、二列目の左の機体はキャメルの特徴を持っていない。

 格納庫に一機入っている模様では、吹流しが直角に流れていて、強風のようである。パイロットが空を睨んでいる。









ダグラスDC-3


 ダグラス社の双発輸送機はDC-1、DC-2を習作として、1935年に初飛行したこのDC-3で完成する。この頃の飛行機としては珍しく、終始 民間航空会社の要求に従った旅客機として云わば健全に成長し都市間の航空路の開拓と実用化を果たした航空史上に輝く名機である。
 軍用としてもC-47ないしダコタと言う名称で、航空輸送と云う事そのものを戦略的戦術的に航空機運用技術というソフトウェアごと確立した。
第二次大戦のヨーロッパ西部戦線はD-Dayからノルマンディの戦い、マーケットガーデン作戦、バルジ戦、さらに最後の日まで C-47無しでは語れない。戦後もベルリン封鎖における大空輸作戦では石炭の空輸といった荒仕事もこなした。

 DC-3はまた、日本の昭和飛行機という会社でライセンス生産され、戦前戦中の日本の空を飛んでいたし、戦後の日本の民間航空の 再建にも尽くしている。

 この飛行機は機体の寿命が長いのでも知られており、生産後何十年も使われていた、ないし、使われている機体が少なくない。
 チューリッヒ空港をベースにした遊覧飛行用として、オリジナルのライト・サイクロンエンジン付き機が現役である。尾輪式のこの飛行機、 現代の空港に駐機しているのを見ると地上姿勢がそっくり返っていて妙である。南米には定期航空路に生き残っていると言う説もある。
宇宙飛行士の毛利さんが南極に行った時の報道ではタービンエンジンに換装したDC3が毛利さんの乗機として出てきた。

 このネクタイの模様では、独特の平面型を持つ主翼の様子がうまく描かれている。これだけでDC3であると判る。
 また、尾輪式であるので、荷物や人員の積み下ろしは後部ドアから行うので、前部ドアはパイロットの乗降用であるため小さい、この模様でも そのドアが頬っぺたのように丸く可愛く描かれている。









ユンカースJu52



これもルフトハンザ機内販売のユンカースJu52の模型。

 ルフト・ハンザの機内販売ネクタイである。
 世界最初の全金属機ユンカースJ-1の伝統を持つ全金属製3発の万能機で、1号機と2号機はルフト・ハンザに納入されたと言う歴史を持つ。
 ドイツ航空機発達史におけるアメリカのダグラスDC-3のような存在で、民間軍用の両方に使われ軍用では兵員/物資輸送機としてだけではなく このサイズの航空機として考えられるあらゆる用途に使われた。勿論爆撃機にもなった。スペイン内乱に介入したドイツ・コンドル軍団の爆撃機の中核は 4個飛行中隊48機のJu52だった。
 1937年4月26日のゲルニカ空襲にもハインケルHe111やMe109らと共に参加している。

 3発という形式は航空機用エンジンの馬力と信頼性が十分でなかった時代、双発より馬力が稼げて、エンジンの数が多いだけ安全、生産も 単発機と双発機という既製技術の単純な和で作れると言う事で大戦間に散見される形式である。実際Ju52は最初単発機として 構想設計開始され、途中で3発機に変更された機体である。バードによる南極点飛行に使われたフロイド・ベネット号も フォード4Tトライ・モーターという3発機で、バードがこの機体を選んだのもエンジンの数による信頼性だった。トライ・モーター機はJu52を 濃く参考にしたという説もある。

 トム・クルーズが主演したヒトラー暗殺未遂映画『ワルキューレ』には大画面一杯にBMW132エンジンの 轟音を響かせ、横風に対応して滑走路にやや斜めに進入する2機編隊のJu52実機(多分)の素晴らしい飛行シーンがあった。

 このネクタイも好きなネクタイで、今では結び目のところが擦り切れてしまっている。
 このネクタイの姉妹篇のネクタイも持っていたが、惜しい事に出張中無くしてしまった。多分アムステルダムのクレスト・ホテルのロッカーである。









大戦間大型単発機?


 機体の非常に前よりに大面積の直線翼が付いたこの機体は、おそらく第一次と第二次の大戦間の単発機を イメージしていると思われる。もしかすると複葉かもしれない。
水平尾翼の形も非常に古めかしい。









サイドバイサイド複座機


 胴体の太さから、単座やタンデム配置ではなく、比較的近代のサイドバイサイド配置の低翼単発機であると思われる。
 この形式は民間軽飛行機の典型であるので、非常に数多く、その中からこれと推定するのは難しい。
 水平尾翼が、丸いのがモデルの飛行機の特徴のように思えるが、事実上コスト無視の戦闘機ならいざ知らず、生産性(コスト)重視の工業製品である軽飛行機の水平尾翼を このような曲線に設計にしなければならない必要は全くないので、これは、このネクタイのデザイナーの創作(想像)であろう。









中島飛行機の戦闘機?


 主翼前縁が胴体に直角で後退しておらず、後縁が前進して翼としてテーパーを持つのは、我が中島飛行機の戦闘機の特徴である。
 帝国陸軍九七式、一式、四式の主翼は明快にこの特徴を持っている。しかもそれらは空冷エンジンであるからこの模様のモデルとして無理はない。
 ただし、水平尾翼のデザインは不可解である。


中島飛行機の戦闘機2機種。
左;陸軍1式戦闘機『隼』。加藤隼戦闘隊という歌があるくらい大東亜戦争中から国民に親しまれた戦闘機。

右;陸軍4式戦闘機『疾風』。大東亜戦争中、大日本帝国が空に送り出した最高の戦闘機。
米軍も完全整備の実機テストの末、ムスタングP-51DやグラマンF6Fに勝るとも劣らない戦闘機であると認めた。
ただし、戦闘機は兵器であるから戦場での数と、いつでも設計通り動く信頼性も重要ではある。

中島飛行機は現在の富士重工(スバル)で、主要工場は今も昔も群馬県にある。
ちなみに零式艦上戦闘機の三菱重工業や陸軍三式戦闘機『飛燕』の川崎重工業は名称もそのまま現代に生き残り、 帝国海軍陸軍通じて唯一の実戦参加4発機(飛行艇)である二式大艇の川西航空機は新明和工業として海上自衛隊の PS-1対潜哨戒機、US-1長距離海上救難機(ともにターボプロップ4発)を作った。 田舎の小学校同級生がやっている床屋の椅子が新明和工業製で一寸驚いた事もある。









ベル47 など


 勤務先だった会社が、1995年頃発売したデシタル非銀塩リス・システム (非銀塩リス・フィルムによる印刷原版作成システム)のプロモーション用。 こうしたネクタイのパターンの原版を作成するなどもカバーしようとした一分野で、ヨーロッパでの展示会を手伝った時のユニフォームとして貰った。

 このシステムは実用機もそこそこ売れたが、大成功には至らなかった。とはいえ、1980年代半ば頃の業界常識ではSN比とダイナミック・レンジとから 銀塩写真プロセスを代替するのは不可能、と言われたリス・フィルムの分野にその約10年後に非銀塩で切り込んだわけで、その意気や良しであった。

 ヘリコプターのパターンのネクタイは珍しく、私はこれしか持っていない。このヘリコプターは紛れも無くベル47(OH-13 スー)である。









ツェッペリン博物館にて


 ボーデン湖畔フリードリッヒスハッフェンのツェッペリン博物館のミュージアムショップで買ったという由緒正しい飛行船模様である。
ただし、この模様とツェッペリン飛行船各型との関係を問われても困る。
 曲線のバルーンから、これはツェッペリン硬式飛行船ではないだろう、などといわれてもなお困る。

 硬式飛行船のアルミニウムの骨組みというのは鋼鉄のレース編み;エッフェル塔に対してアルミニウムのレース編みの呈で、 細く薄いアルミ板材の縁を折り曲げて強化した巾(高さ)5センチくらいの基本材をトラス構造に組み、それより大きな板材は必ず肉抜き穴 を開け、それらを集合して飛行船の骨組みとしているさまは感動的である。
 アルミ骨組みの展示の傍らに同じ目的の構造物を現代の技術で作るとという意味合いからかカーボンファイバー強化プラスチック製の飛行船の骨組みがあるが、 これはこれで60年以上の技術の進歩が明解で、また感動的である。(後に知ったのであるが、この骨組みは現代のツェッペリン社製半硬式飛行船ツェッペリンNTの ものであったらしい)

ツェッペリン博物館玄関。


 ショップではネクタイだけではなく、デイナー皿やコーヒーカップ、マグカップも求め、大きな段ボール箱でえいやっと担ぎ出す 騒ぎだった。拙宅に御出で願えば、ツェッペリンのディナー皿で粗餐を差し上げる。

博物館近くの公園にいた『非常に重そうなツェッペリン』


 土木業界の同好の友人にこの写真を見せたら、こんな物は見たことが無いと唸った上、ペットとして我社の玄関脇に 繋いでおきたいと言っていた。

 実は現在のツェッペリン社は工作機械やこういった特殊な重機の製造が本業である。
 この装輪ドーザーのエンジンが マイバッハブランドであるかどうか見たくてエンジンルームをあちこちから覗き込んでみたが判らなかった。

 飛行船というのは、バラスト(重し;水や砂)込みの全装備に乗員乗客を乗せた出発状態では全体として空気より軽くなっていて、 もやい綱(係留索)を解くだけで上昇して空の旅に出る事が出来る。つまり、浮揚ガス(現在ではヘリウムガス)を詰めた大きなバルーン (バロネット)の浮力で文字通り空中に『浮く』のである。
(小型の飛行船では、空気よりやや重くてもエンジンパワーや人力とランディングギヤのスプリングの反発を利用した離陸方法もある。)
 降りるには浮揚ガスを放出し、再度上昇するにはバラスト(重し;水や砂)を放出する。
 エンジンはプロペラを回しての前後の推進と、空中静止状態ではプロペラ軸を動かす事で微妙な上下左右方向の操縦に使われる。 勿論水平飛行中は方向舵や昇降舵が使える。
 飛行船の歴史を開いて見ると、天寿を全うできす墜落して潰えた飛行船というのがかなりある事に改めて驚く、勿論皆が皆ヒンデンブルク号のように 派手な最後を遂げた訳ではなく、 多くは嵐の中などで、浮揚ガスの喪失、バラストの放出しすぎなどによる上下方向の操縦性を失うことで墜落している。
 従って、浮揚ガスを爆発しやすい水素ではなく、不活性のヘリウムにすれば飛行船は絶対安全な乗物になる、というわけには行かない。




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